言葉ではなく行動がその人の実態
世の中には素晴らしい言葉を発する人がいますが、これらの人たちの中で過去に犯罪歴がない人というのは正直あまりいません。では、犯罪歴があるからこそ、前の罪を認めて心を入れ替えてまっとうな人生を歩むために良い言葉を使っているのか?は違います。
以前よりももっと完璧な犯罪をおこなうために素晴らしい言葉を使います、犯罪をもっと自分に優位にするために人から尊敬されるような言葉の研究をするのです。
言葉と行動は全く別です、人間の実態は行動そのものです。人間を知るためにはその人が何を言ったかではなくて、その人が何をしたかを見たほうがいいですね。
人の縁の種類
人が世の中の色々なものと縁を持つのはタイミングや環境など様々な要素が重なり合って最終的にあなたが何かと縁ができることが繰り返されています。
例えば、偶然にも自分に親族の不動産遺産が入り、その1週間後に不動産価値が一気に上がり、本来手に入るはずだった不動産資産の3倍以上の資産になってしまったなど。
もしくは毎日通っているコンビニに新しいスタッフが入り、そのスタッフに声をかけられてそのまま恋人同士になってしまうなど。このような縁というのはあなたが生活している中で大なり小なり起きているのです。
もちろん、良い野菜を購入できたのも縁、中を開けてみたら腐っていた野菜だったというのも縁ですから、縁というのは自分につながる全ての現実的な事象でもありますよね。
縁の中でも人と人の縁が最も複雑でなかなか離れない縁ですが、条件のみの縁の場合は意外にあっさりと縁が切れるものです、それぞれの説明と縁の本質を見てみましょう。
人と人との縁
人と人の縁は種類によって左右されます、仕事の縁、恋愛の縁、親子の縁、友情の縁などが主な縁ですが、縁の中でも滅多に切れないのは親子の縁です。
その他の縁は何かのタイミングで簡単に崩壊しますし、自分から切ろうと思えばいつでも切ることが可能な縁です。
このように人と人の縁は内容よりも血縁で縁の深さをお互いが理解します。親子、兄弟、親戚などね。または育ての親との縁というのもなかなか切れるものではありません。
つまり、この世の中でもっとも切るのが難しい縁とは家族縁になります。
条件の縁
条件の縁とは見知らぬ者同士がその場だけでも成立してしまう縁のことです、契約書へのサイン、サービスの申し込みや利用、商品の売買などですね。あなたが普段利用している対人のあるサービスは全て条件のある縁です、従って契約の解除もしくはあなたが引っ越ししたり連絡もしないで離れてしまっても問題が発生することが少ない縁です。
これを友人同士や恋人同士でおこなった場合どうなりますか?例えばお金や物の貸し借りなど、どちらの場合も相手に返せば問題は起きません。
しかし、返さなかったらどうなりますか?ここで2つの答えが出てきます、1つは「返せ!」と喧嘩のようになってしまう、もう1つはほっとくです。
ではこれらの縁の本質を見てみましょう。
縁の本質
一見当たり前のように見えますが、これ実はとても大切なことなんです。
だから喧嘩になってお金を返せ!物を返せ!となればその人とあなたの縁は友情や愛情ではなくてお金や物という条件の縁なのです。
縁の本質というのは仮にあなたと友人が10年の親友同士とお互いが言っていても、お金の貸し借りで喧嘩になればその本質はお金なんです。物を返せ!と喧嘩になるならその本質は物で繋がった縁なんですよ。
物とは例えばあなたと友人が同じアイドルのファンだとします、そのアイドルのCDをあなたが借りて実はそのCDが限定販売のものだったとします。そのCDをあなたはバッグから落としてしまい、ケースが割れ、汚れてしまったとします。
あなたと友人が友情で繋がっているなら友人は「仕方ないよ、形あるものはいつかは壊れるものだよ(笑)」などで流すでしょうが、友情ではなく条件の縁(物の縁)の場合はどうなりますか?「ふざけんなよ!弁償しろよ!」となりますよね?お分かりですか?
表ではニコニコしている人間関係は縁の種類によってはいとも簡単に崩壊してしまうのです、それをまずはあなたが自分と自分の周りに対して調べてみてください。
人の本性は去り際に出る
人の本性は「際」にでます、去り際、引き際、別れ際など、例えばあなたと彼氏が喧嘩して別れてしまう時にお互いに言いたいことを言い合いますよね?この喧嘩の時に出る言葉は相手を落とす言葉や相手を引き戻したい言葉など、さまざまな言葉が使われます。
その際に自分もしくは相手が性的なことを言えば、性的なことに不満があったという本性が出たということです、お金の話が出れば、例えば一緒に住んでいて生活費などの話などが出ればどんな内容であっても本性はお金なんです。
もちろん、何も言わずに「そうだね、お別れしよう」でサクッと別れたとすればもう未練すらもない、興味もないという結論で、本性は「早く別れたくて仕方なかった」ということでしょうね。
つまり、人と人が別れる時に無反応ならその相手の中でのあなたは既に終わっている人であり、愛情も興味すらもない対象になりますし、異性の話が持ち上がれば性的なことに不満を持っていたということになります。
では、別れ際に「独占的な発言」が出た場合は?独占的な言葉とは例えば「俺ほどおまえのことを愛してやれる男はいない」や「新しい女でも見つけて楽しくすれば?」などの嫌味などの発言です、これらはハッキリ言って「未練たらたら」状態です。
喧嘩で仲直りして元に戻るケースはこのタイプの喧嘩の場合ですね、何かしらの未練をどちらかがもっていて相手がそれに同意した場合に仲直りすることが多いです。
別れ際、去り際にどう思われてももう関係ないからいいやというのは正しいですが、あなたの未来のために相手の本性を「際」に知っておくとその後の人生のアドバイスにもなるので、人の本性はしっかりと把握したほうがメリットになります。
行動が本質
人と人が別れる時にお金の話をする人はお金が目的だったということ、身体の場合は、身体目当てだったということです。人間は行動がすべてです、どんなに綺麗ごとを言っても行動が伴っていなければあなたはその言葉にはなかなか騙されませんよね?
最も多くみられるのが過去の自慢話です、もしくは過去の栄光ね。自分の過去を神業のように発言したり、自分だからできた!他の人間にはできない!などの自分だけが特別な存在と表現したりする人はたくさんいますが、その人って今なにやってんの?
「昔はぁ~~!」と言ってもさ、今なにやってんの?今、その人がやっていることがその人の昔の栄光よりも更に勝っていて、それを証明できるものが目のまえに存在するならそれはとても素晴らしいことですが、まぁ、そんなの見たことありません。
大体、昔の栄光を語る人は昔=100で現在=1くらいのレベルの人ばかりですし。今の方が勝っているならいちいち昔のことを言う必要はないんですよ。
だから、昔の栄光を言う人は今は大したことないと白状しているようなものです。
ここではまとめとして「行動の本質」をみてみましょう。
表の行動と裏の行動
表では国家公務員、裏を返せば性犯罪者なんて今はよく聞きますよね?これらの人の本質は?と言えばもちろん、「性犯罪が趣味」というのが本質です。
表では着飾っていている人の自宅がトイレ共同でお風呂なしで家賃1万円以下のアパート住みならその人は見栄を張っているだけで本当はお金に余裕のない人ですよね。
こういう人ってよく「俺さ、金はあるんだけど、好きでわざとこういう庶民的な生活しているんだよね」って言うのですよ、それ、マンガの見過ぎですからね?
恵まれない子供たちに愛の手を!みたいな文言で募金を募っている人は募金活動が終わるとそのまま直行してパチンコ屋に行くのをよく見かけました。
これらは世の中のほんの一部ですが、実際に表と裏の行動が一緒の人というのはそうそういないと思われますので、もしあなたが「ドキッ」としたら改心をお勧めします。
言葉では本質は出ない
言葉というのは文字、宣伝、広報に至るまで全てを含みますが、これらで本当のことを言って有言実行している人はどの程度いるのでしょうか?
言葉=行動と判定できる人間は恐らく1/100人にも満たないと思います、それほど言葉と行動の差があるのが一般的なのですよ。
みなさんは今まで写真、文字、映像、言葉をあらゆるものから得てそれを信じてきたのでしょうが、90%は騙されていると言っても過言ではありません。それほど言葉(表現)というのは本質とは程遠いものなのです。
善人に見える人ほど裏で犯罪だらけですし、政治家なども同様で自分の言った言葉に責任もって行動した人は今まで一人もいませんよね?だから言葉と行動は別ものなのですよ。
平たく言えばどんな言葉を使っても行動には繋がらないのです。
つまり、「人間は行動がすべて」なのです、言葉は聞かなくていいし信じなくていい。
人間は行動が実態
この章では縁のお話、「際」に出る本性の話を事前にしましたが、これらの答えが人間の行動なのです。縁も言葉でなにも起きなくても行動に切り替わると何かが発生します、「際」も同様ですよね?「際」は行動の最終部分にもなりますし。
どんなに表でいい顔をしていても裏で悪いことをしていればそれがその人の本性であり、実態なのです。どんなに人間的に素晴らしい発言をしていても行動が別ならばその人の本性は行動なのです。
誰でも、あなたでさえも同じ、人間は行動が実態です。
JSMでは僕の言葉も含めて信用する必要はありません、僕もあなたのことを信用しないし、「すべては行動で判断」を基本としています。
行動で判断しますから、どんなに前もってメールしても電話してもそれらのすべては信用するに値しないと考えます。行動をみてそれに伴う言葉が同じであるとき、はじめてその相手を信用してもいいと思いますよ?
だから、そういう意味ではJSMをとことん疑ったほうがいいです、あなたの中では現在のJSMは言葉だけの判断でしかないんですから。
実際に行動して、例えばイベントやオフ会などに参加してはじめて行動をお互いに見せた上で言葉を交わせば嘘と真実の違いを見分けられることができるはずです。
その時にあなたがJSMもしくは僕自身のことが信頼するに値すると判断したならば、信用してください、それまでは疑った方がいいです。別のコラムに「人の裏のこころ」というのがありますので、読んでみてください。
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