SMを否定する人へ
SMと言えば鞭で叩いて踏みつけて蝋燭を使ってというイメージがありますが、それはほんの一部にしかすぎません。SMというのは概念です、あなたが今まで当たり前だと思っていたことも概念です、その概念が少数派というだけの話。
今まで自分がどれほど勘違いして生きてきたのかこの章を良くお読みください、あなたは特別ではないしSM好きな人も特別ではないことがわかるはずです。
SMは変態という概念
SMと呼称するイメージや精神的作用、行動は一般的には変態とカテゴリ化されています。はい、SMは変態が好む嗜好のこと!え?それは本当ですか?では、あなたは変態ではないと?
そもそも変態というのは少数派を示す言葉です、多ければ一般になりますから、少数派になればなんでも変態であり、SMも少数派というだけで変態扱いされているだけです。
あなたは少数派ではないのですか?よく考えてみてください、あなたが普段生活している中で特殊な考え、行動、精神はありませんか?すべて一般的であり普通ですか?個性がありませんか?個性がないなら人間ではないので、ロボットになります。
人間がもっている様々な好みや嗜好は千差万別でそれぞれは全て少数派です。つまり、あなたも変態なんですよ、というか変態ではない人はいません。寝ているときのいびきが個性的な人もいますし、シャワーで頭を毎回5回以上洗う人もいるでしょう?それが当たり前じゃないんですよ?少数派、つまり変態なんです。
ただ、それを表に口外しているかしていないかってだけです、口外している人は立候補している人ですから、あなたよりも優れているのですよ?SM好きな変態はあなたよりも劣っていません、むしろ逆であなたよりも優れているのです。
なぜなら自分の嗜好を正直に表に出しているからです、自分はこのような人間です!と個性を出しているのです。それが変態だって?笑わせんなよ(笑)あなたは隠しているだけでネットの中、引き出しの中、ノートのメモ、頭の中は変態だらけだろ?
そういう隠し通すような自分を否定して生きる人間よりもSMが好きだ!SMは変態でいいじゃないか!と堂々と出して生きている人の方が数万倍も素晴らしいと言っているのです。
JSMはSMを強く推しているわけではありません、SMは表現の一部です。だって、SMのカテゴリに食事はないでしょ?SMのカテゴリに子育てはないでしょ?
だからSMも生活の中のほんの一部の表現でしかないのです。そんなたった一部を拾い上げて叩く?変態だ!頭おかしい!って?叩いている人の方がおかしいと気づいてください。
SMプレイに於ける行為内容について
ちょっと噛み砕いていきましょう、SMでは鞭を使います?SMでは蝋燭を使います?SMではボンデージスーツを着ます?これが特殊と考える人、ちょっと着眼点を変えてみましょう。
まず鞭のお話、そもそも鞭はなんのために使うのか知ってますか?はい、知らないよね?(笑)じゃぁ、知らないのに鞭を使うことがおかしいと言ってるんだ?普通じゃないと言ってるんだ、何も知らないのに評価できるんだ?根拠はなに?意味わからん。
この時点でもうわかったと思いますが、あなたは何も知らないのに評価しているんです、その自分の超低いレベルに気づいてください。あなたは知らない事を否定して知らない事を評価して知らない事を嫌っているのです。
これを別の内容に置き換えてみたらわかります、僕が今まで一番目にして「ざまぁみろ!」って思った内容が外人が納豆を食すまでです(笑)外人さんはどこの国の人でも納豆=あり得ないと見た目や匂いだけで判断しますよね?ところが早い人で数週間、遅くても数ヶ月で「納豆は超おいしい!これはヤバい!」となるのです。
このタイミングを今まで何度みたことか(笑)最初の反応は「納豆とは一生縁がない」とまで断言したはずが、あっさりと毎日食卓にあるのが日常となります。まさに「ざまぁみろ!」ですよ、大嫌いなものが大好きになっているのですから。
なぜ大嫌い!絶対に食べない!あり得ない!と断言したのにあっさり食べるようになるのか?その答えは僕の食生活です。僕が普段食卓に必ず納豆を置くのが日課なのです、外人と縁が多い僕は外人の為の食事なんて作りません。
僕が好きな食事の用意をして、普通に食事しているだけです。時間が経つと外人は納豆に興味を持ち始めます、理由は僕があまりにもおいしそうに食べるからです。
「嫌いって言ったけど、なんか興味あるな・・・本当はおいしいのかな?」と意志が変化してきます、更に時間が経つと試してみたいと思うようになります(笑)もうこの時点で僕は超爆笑していますが、顔には出さずに平常心の顔です。
そしてあるタイミングの時に「納豆食べてみる!」と言い出します、僕は「別に食うなとは言ってないし、普通に食べれば?」と返します。んで、食べた瞬間に・・・「おおおお!まいがーー!」と、まぁ大半の外人は叫びます(笑)
それからはほぼ毎日納豆を食べるようになるのです、さて、長々と納豆のお話を書きましたが、これと鞭とどう関係があるのか?というと、食べない=経験がない、食べる=経験するになるのです。だからって鞭を経験するのではなく、よく読んでみてください。
もし、外人さんだけで毎日食卓に納豆があっても絶対に食べませんが、納豆を食べている人がいるから興味を示すのです。つまり、鞭は打つ打たれるは関係なく、鞭に興味を示すものではなく、鞭を持った人に対して興味を持つのです。
「痛いのかな?」や「辛そうだよな?」などさまざまな想像をしてもずっと見ていると興味が出てくるのですよ、鞭を打ったり打たれたりしている人を見ていればそれがどんな状況であっても死ぬわけではないのだから試してみたいに変化するのです。
つまり、鞭への興味は鞭という道具への興味ではなくて、鞭を持っている人への興味なのです。あなたが男性でも女性でもとても美しい女性が鞭を持っていてそれが日常であれば「大丈夫じゃね?」くらいの気持ちは芽生えますよね?
さらにもしあなたがその女性に恋してやまない状態になっていればどうでしょうか?その彼女が「お願い、鞭で叩かせて!?」とおねだりされて断る事ができますか?まぁ、普通はできないですよね?そこら辺のおっさんに言われても「はぁ?」となるでしょうけど、自分が認めたもしくは好意を持つ相手からなら認めるでしょ?
ほらね?自分が認めた相手からは「されてみたい」願望が出るんですよ、でもあなたは変態じゃないのでしょ?でも好意を寄せている相手からなら鞭も受けるよね?よーく考えてみよう(笑)それってSMが大好きです!って堂々と口外している人よりも恥ずかしくて更に貴重な変態だと思いませんか?つか、超変態じゃんか(笑)
鞭を好む人の気持ちが少しはわかったかな?蝋燭もボンデージスーツも同じようなものですし、他のSMプレイに関してもほぼ同様の理由です、ようは人なんですよ。
「この人になら・・・」という気持ちがあれば相手から何されても我慢するのです。では、痛みはどうなのよ?
SMプレイにおける痛みについて
痛いのが好きなんておかしい!って思うでしょうけど、これも上記に記載した通りです。好意を持っている人から痛みを与えられても逆に嬉しいくらいなんですよ。例えばあなたが熱中している有名人が「おまえに痛みを与えるので耐えてみせて?」と言って来たらどうします?いやいや、触れられるだけでもありがたいのに、ましてや痛みを与えてくださるなんて最高にうれしいです!ってなりますよね?
あれ?これ、変態じゃないの?「えー!?だって、有名人からされるんですよ?普通受けませんか?」って答えるでしょうけど、行為的には普通ではなくて変態行為ですよ?
わかったでしょ?痛みだろうが快感だろうが関係ないのです。一緒にいるだけで嬉しい、下手すれば同じ空気を吸えるだけでも嬉しいとさえ思うでしょ・・・変態っすよね(笑)
これらを突き付けられてまだ「私は変態じゃない!」と言える人はすげーです、じゃぁ、子供産むために痛みに耐えるのはおかしいことですか?痛みなんてそこら辺どこにでもあるものですし、結果がすべてですよね?痛みの後に喜びがあるなら我慢しますよね?
赤ちゃんが元気に生まれてくれるなら痛みなんて我慢しますよね?自分が好きな人が喜んでくれるなら痛みなんて我慢しますよね?何が違うんですか?
自分が痛みを我慢することで得られる何かがあるってことなんですよ、痛みは経過の一部にしかすぎません。最終的に得るものがあるんです、あなたが変態と罵る相手は実は自分なんだと気づいてほしいですね。
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